医療の無茶

2017.05.19.15:09

最近、どうも予防接種を1本に混ぜ混ぜして打つなどの無茶をする医者の報道が後を絶ちません。後は何か知らんが女性関係のもつれで医学生が歯医者さんを刺すとか。。まあ、これは医学に関係ないけれど。これで医者への道が絶たれたと思うと、育てた親は悲しんどるでしょうね・・一人の人間を医者にするのに幾らかかってるのか知ってるんかな・・・

医療以外の点でいわゆる遊びや多少の無茶を導入して子供たちや患者さんを喜ばせるのは良い事だろう。でもね、小児医療を行う中で、NGとされている事やグレーとされている事をやって目立とうなんて考えや、子供が可哀想とかいう訳の分からない慈愛の精神にのっとった処置は絶対にあかんと思う。

病院勤務の小児科医や大学病院の研究の小児科医ならいざ知らず、街の小さなクリニックの小児科医が「通常の医療」を逸脱する行為をすることは絶対にやめた方が良いと私は思います。

かつて勤務していた地域から少し離れた場所に目立ちたいのか、色々と訳の分からん事をしていた小児科医がいました。私はそうならないようにせなあかんな、という悪い見本としていつも見ていました。

世の中には訳の分からん事をする医者は正直山ほどいます。何を考えてたらそんな処方になるんか、何を思ってそんな病名になるんか、とかまあ色々とあります。私もそう思われているかも知れないけれど、自分の医療が最良だと思わないと出来ない仕事でもあるし、それが過信になると足元をすくわれる仕事でもあります。悪い方へ流れない様、常にアンテナを張り、自分を律し、一人一人に向き合う必要があると思いますね。

小児医療はスタンダート、的確、そして迅速に
子供を喜ばせる、驚かせる、親御さんが楽しめる、安心できるホスピタリティーは色々好き勝手やれば良い。

とにかくワクチンをぐちゃぐちゃ混ぜて打つなんて、ありえへん事をわざわざせんといてほしい。君は喫茶店のミックスジュースを作る店員かバーでカクテルを作るバーテンダーか???

全くもって迷惑です。
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白衣そしてPHS

2017.04.30.13:24

開業する時点でPHSの必要性がなくなり、電話で呼ばれるストレスがなくなりました。夜間の呼び出しは当たり前ですが、全くなく、それが一番自分にとっては肉体的、精神的に良かったと思います。その反面、夜間にお仕事をする方々への尊敬の念が以前より増しましたし、開業の違う大変さも知りました。

また、これも病院退職と共に決めていましたが、もう二度と白衣は着ません。持っていた何枚もの白衣は全部処分し、今はネイビー系のスクラブと白いズボンで仕事をしています。

病院時代はPHSに色々なオモチャをつけ、バンコクで買った半袖の白衣を手術着の上から羽織っていました。ズボンはクリーム色かなんかのユニクロでしたね。それが自分のスタイルでした。

とりあえず、もう白衣はいらんやろという事で、自分が好きな色目の上下で仕事をしています。たまーにスクラブを忘れて来た際は夏祭りで着たスタッフTシャツか私服で診察しています。

今日は久しぶりの病院勤務、医局にパリッとした白衣と綺麗なPHSが用意されてありましたが、共に使わず、絶えず連絡が取れる定位置で夕方まで過ごします。これが第五日曜日の私の居場所です。

いつまでやるか、出来るかは分かりませんが、働きやすい病院での仕事はストレスがあまりなく、まだ少しは続けられそうです。まあ、毎日の事ではないから病院勤務が出来るんだろうけれど。

とりあえず

2017.04.12.16:28

とりあえず開院前からやりたかった事の大半は今日で一区切りです。後はどう活用し、育てるかです。

そして当たり前だけれど、可能な限り最高、最短で治る医療を提供するにつきます。

引き続き、おの小児科をよろしくお願いします。

水曜日午後

2017.04.10.19:17

今週の水曜日、明日の午後、何かが起こります。

伊丹市ではもちろん初、小児科としては恐らく世界初だと思っています。

全ては子供たちのために と始めたクリニックですが、一旦の節目、大きなアウトプットを明日以降にお見せ出来る予定です。

まあ、全て自分が楽しいと思っている事を取り入れているだけですが、決定から1年かかりました当院の新しいファンキーでスパイシーな仲間に会いに来て下さいね。

小児科へ、そして今

2017.04.07.23:23

私を小児科の世界へ導いてくれたのは垂水で開業されている鄭先生でした。もちろん、最初に選択したのは自分自身だけれど。

先の浜重先生とは全く違うタイプの先生でしたが、どうも熱血な感じや情熱は似たような印象があります。
フラットな物腰とは裏腹に目はあまり笑っていなくて、子供の治療法に関しての議論では時に熱く感情的になる先生でした。

部下の事も見ていない様で色々時に気にかけてくれて、部下が言おう、相談しようとする内容を先々に察する先生でした。私が鄭先生の元で働いたのは短い間で、もっと色々と教わりたかった。それは小児科学という学問だけではない、子供達とその親御さんとの付き合い方という人間対人間の仕事の仕方、関係の作り方です。小児科ではとても大切な事だと今も思っています。

私自身、体を壊し、半ば当時の病院長の権限で辞めさせられました。もし、健康体でいたなら、きっと病院での心臓病の子供達相手の勤めがもっと長く、開業はまだまだ先だったのかななんて漠然と思ったりします。

体調を崩し、三田市の病院に拾って頂き、10年以上が経過、色々と言えない事も多々あり退職し今に至ります。
開業を漠然と考えていた時、ふらっと鄭先生のクリニックに寄りました。すると、なー先生よ、開業するんか?開業するならはよしろや、が開口一番で、鳥肌が立ったのを覚えています。何かを察しておられたのでしょうね。

また、開業してしばらくしたある日、垂水からわざわざお祝いを持って伊丹までお越し下さいました。数分クリニック内を見ただけで、またなーと去って行き、今まで連絡は一切ありません。

放任主義な上司だったのか管理型だったのか、今でも分かりませんが、私の小児科医としての初めての上司で本当に良かったと思います。

その後も多くの上司に恵まれましたが、ある意味、小児科医師として優秀で博識がある素晴らしい先生ばかりで、鄭先生の様な小児科医師だけどアジと癖のある先生は一人もいなかったなと懐かしく思い出します。

それが良いか悪いかは別として、私がこうして小児科クリニックを立ち上げる事が出来、その運営の根幹に鄭先生の存在があることは間違いないと感じています。
これまた高知同様、足元にも及ばないけれど、恥じない程度に頑張りたいと思います。

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