2017.09.16.12:48

水が上から下へ流れる光景はとてもスムーズでやわらかで大好きです。

堤防や流木、ダムなどで流れが妨げられた水は濁り、滞り、美しさを失います。これは仕事の流れにも通ずる事で、水の流れの様な滑らかさが必要だし、仕事として美しいと思う。

誤解してはいけないのは、ただ単なる流れ作業を意味しているのではなく、山あり谷ありでもスムーズに登り、スムーズに降る、そんな仕事スタイルが理想です。

この流れは僕だけで作れるものではなく、スタッフの理解、訓練、協力が不可欠です。職種を超えた連携の強化は特に小さな組織では大切で、その潤滑油に僕か僕に思考が似ている方がなれば理想だ。

これから更に忙しくなるであろう今こそ、おの小児科のスタイル、スタンスを各スタッフが再認識する必要があると思います。

基本、僕は現場では大した指示や指導はしないけれど、僕のスタンスを汲み取れるだけの発信はしているつもり、全ての有能なスタッフが更に飛躍し、近隣では類のない実力を発揮し、絶えず滑らかに流れる水の様な業務を期待しています。

さ、今日は歓迎会です。たまには院外で集まらなアカンと思いますね、こう言った意味でも。

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夢中

2017.08.28.19:23

娘がジャニーズのあるグループが大好きで、ファンクラブに入り、部屋はポスターだらけ、先日はコンサートに出掛けて行きました。

僕自身、菊池桃子さんや相田翔子さんが大好きで追っ掛けではなかったけれど、ブロマイドや写真集、CDなどは集めたものです。今はおは朝の司会、女性アナウンサー川添さん、エレクトーン赤﨑さん、話は逸れますがタレントの新山千春さん、などなど好きな方々は居ます。

芸能人のファンとなり、応援する。一見、くだらなく、不毛の様に思えるかも知れませんが、それで自分が元気になったり嬉しい気持ちになったり、やる気に繋がったりするならば、アリだと思います。

もちろん、度が過ぎる支援は出来ないけれど、ジャニーズが好きなら好きで、可能な範囲での支援はしてあげたいと思います。

そんな事よりも中学生独特の反抗期に頭を悩ませます。この前は妻が送って来た彼女の生後数ヶ月の時の写真を見て泣いてしまいました。

親も成長しないといけませんね。悲しい、寂しいけれど世の常なんでしょうね。

2017.08.24.19:29

小さなクリニックですが、ボランティアではなく医療ビジネスの側面が必ずあります。色々とこう見えて考えていて、色々な事をしては評価をしています。

そこがブランディングや経営の醍醐味なんだけれど、もちろん安定した飛行、経営ありきではあります。

その核がクリニックで働く人、いわゆるスタッフで、彼女達がのびのびと働き、楽しめる環境でないと安定はしません。

もちろん人数の多い少ないもありますが、少ないなら少ないなりに職種や立場関係なく団結し協力、助け合う、が当たり前だけど大切だと僕は思っています。そんな職場環境にしたいと頑張ってはいるものの、人対人は一番難しい問題で、クリニックだけではなく、どんな職場でも色々と課題はあると思います。

人が創り出すのが職場環境、環境の良し悪しはその人々に必ず左右される。結局は人で始まり人で終わります。人で悩み、人に喜び、感謝するわけですね。

幸い当院は人に恵まれたクリニックではありますが、まだまだ課題はありますし、まだまだ楽しい働きやすい職場にしたい。悩みは尽きませんが、尽きないと言う事は物事が動いている証拠でもあります。

関係ないけど、Winkが再結成されます。楽しみです。

まだまだ

2017.08.21.19:35

お盆明けから聴き始めました。
まだまだこれから!

2017.08.01.15:45

色々あって今、僕は小児科医をしています。それも独立し、兵庫県伊丹市で日々それなりに忙しくしています。

実は最初から小児科ではありませんでした。卒業後の数年間は内科で研修していましたし、当初は救急を軸にした内科医になるつもりでした。

大学卒業し大学医局には入らず、高知市にある救急病院、近森病院に雇って頂きました。当時は今と違い、民間の病院が直接研修医を雇う時代ではなかったけれど、ある大学の助教授先生の計らいで直接、近森病院の内科に就職させてもらいました。

当時は大学の様な教育システムも何もなく、周りはバリバリのプロの医師ばかり、風邪薬も点滴も検査も何もかも分からない、もちろんマニュアルや資料もない。そんな環境に自分が置かれ、さすがに図太い僕も戸惑い、何もしない、何も出来ない時間だけが過ぎた事を覚えています。

ある時、小野、お前は1人では何も出来ないんやから、しばらくは俺について動けと循環器科長に言われました。外来、病棟、検査、救急外来とついて回りました。また、消化器の優しい先生には基本的な薬、点滴を教えてもらいました。数年先輩の循環器の先生には終業後に救急の見方や処置の仕方を教わり、終われば毎回居酒屋に連れて行ってもらいました。

きっと教える側の先生方も何を教えたら良いのか、それすら分からず戸惑われたのかも知れません。特に循環器科の先生方、大先輩の消化器の女性医師にお世話になったというか、可愛がって鍛えて頂いた印象が強いです。

入職し直ぐくらいに、「とりあえず、浜重先生の回診について回れ」と言われました。今はどういう体制かは存じ上げませんが、当時は内科回診が週に2回程度あり、100名を超す入院患者さんの回診を手書き台帳を手に黙々とこなされていました。

大学病院の様にぞろぞろと大勢で回診するタイプのものではなく、とてもスピーディーで的確に指示を出したり時には怒ったりと、とにかく背筋が伸びるというか空気が止まると言うかなんというか、独特の緊張感のある回診でした。今となっては時効でしょうが、若い先生方など回診に同行する事をだいぶ避けておられましたね。ある種の威圧感もありましたし。

ただ、僕は内科の中の何科に属していたわけでもなかったので、可能な限り、回診について回りました。なんか自分の中で回診は可能な限り同行し、盗める知識は盗もうと思っていた事を覚えています。100名を超えた最後くらいの回診は僕だけが残り、部長と二人ということも良くありました。

最初の頃は何がなんだか意味不明でしたが、何回か同行させてもらうと、一言二言、僕にコメントを言ってくださいました。小野な、このCTは覚えとけよ、とか、小野な、これは稀な病気じゃから勉強しとけ、とか、こんな処方は内科医はしたら見っともない、処方は美しくや!などなど回診時の言葉数は少なく、時には乱暴だったけれど、お客様扱いされず小野!お前!とか言われて過ごした貴重な時間でした。

写真の理事長先生は当時院長先生で科が違う、その上、雲の上の存在なので、結婚式にはお越し頂きましたが、仕事場でお話した機会はあまりありませんでした。が、2度ほど、凄く怒られたことがあります。いずれも経営に関わる事項で、僕の書類作成ミスが原因でした。こんな素人同然の研修医に向かって真剣に怒って下さり、その時は凄く怖かったけれど、真の経営者なんだなと今思えば納得出来ます。

僕は結局、近森病院に居続ける選択をせず、紆余曲折あり今、小児科医をしています。きっと、辞めますと言わなければ今も近森病院で働いていると思います。まあ、内部はかなり忙しく大変な病院ですが、スタッフや病院自体の勢いを感じる事が出来、おそらく高知に限らず全国レベルでもかなりレベルの高い病院、組織だと思います。

この病院を離れ、もう10年以上の年月が経ち、組織が大きくなった分、あらゆる点が変化していると察します。が、当時、僕が内科の上司や近森病院自体から学んだ色々な事は今の自分の「根」になっていて、その「根」は順調に張り巡らされていると自分では感じています。

その体制自体はあまり変わらないのでは?変わらないでいて欲しいなと思っています。まあ、時代と共に変わる点はどんどん変わるでしょうけれど。

おいお前!おい小野!あのなー小野、小野!いらんことするな!などと言われる事がなくなった今、近森病院での経験や上司との出会いは僕の財産で、今のクリニックでの仕事にも通ずる物が多々あります。

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