NとN、SとS

2017.07.09.11:52

僕は今もそうかも知れませんが、多くの看護師に嫌われて来ました。

研修医、今でいう専攻医時代は高知に居ましたが、9割以上の看護師に嫌われていた気がします。一部の方々には仲良くしてもらい、良く飲みに行ったりマンションに集まり宴会はしましたが。そのうちの一人が妻でした。

兵庫に来てから最初に勤務した病院では、一人の婦長と本当に仲が悪く、最初から辞めるまで喧嘩ばかりしていました。今でも思い出すだけで腹が立ちます。おかげで、その婦長の病棟看護師とはまともに会話した記憶がありません。婦長に無視するよう言われていたそうです。そんな中でも楽しく仕事が出来た仲間はいましたが。送別会もその婦長の病棟からは参加ゼロ、絶対に参加するなと通達があり、二次会に内緒で来てくれた方々はいました。本当にややこしい婦長でした。

三田市の病院にはその後、比較的長く雇用して頂き、その分、衝突もかなりあったと思います。あり過ぎて忘れたけれど、新生児室の看護師が全員辞めたのは一番の僕への反旗だったかも知れません。

今もそうですが、二回、三回と同じ事を聞く、やらかす看護師にはまともに対応せず、電話も途中で良く切りました。また、小児救急、いわゆる二次救急をガンガンやりたかった僕にとって、現場の小児を避ける雰囲気や技術を習得する気すらない環境、小児科自体のマンパワーの絶対的な不足、病院経営に参画する意欲の無さなどを目の当たりにする期間が長くなり、衝突するとか議論するとか指導するというモチベーションがなくなり、自分から幕を下ろしました。

小児救急なくなって良かった!先生、有難う!なんて病院スタッフに言われ、何年も一人で夜中も日曜日もやってきた事は何だったんだろと馬鹿らしくなり、呆れて物も言えませんでした。それだけ院内では迷惑業務であり、今思えば近隣住民にとっても大したニーズは無かったでしょうね。だって、今も夜間はないはずだけれど、大して困ったという声も聞こえて来ませんし。もっと早くに気付きたかったけれど、変な使命感と鈍感力が邪魔をしました。

紆余曲折あり、伊丹市で小児科専門クリニックを開業し、いわゆる病院小児科とは少し違う環境に身を置きました。が、やはり合う合わないは勿論あって、今までまだ一年少々しか経過していないのに、何名かの看護師は辞めていきました。

そもそも面接時間に来ない、履歴書送ると言って送らない、シフト直前になって入れないと家族に代理電話させる人、開業間近にやっはり辞めますという人、メールで色々相談しても一週間以上返信がないなどなど様々な方がいらっしゃいました。昔の僕なら、一瞬で相手にしていませんが、立場がかわり、まあ辛抱するようにはなりましたね。内心、イライラMAXでしたが。

今、一緒に働き助けてくれている看護師も決して僕の事を好んでいるとは思っていませんし、そんな期待もしていません。ただ、磁石の同極の様な反発は避け、可能な限り、彼女達に任せた状況で各自が実力を発揮してくれたらいいなと今は思っています。

勿論、そんな中で僕の癖やこだわり、細かな要求を汲んでくれ、ハイハイやっときますね、と手のひらで僕を転がし、適当に機嫌をとってくれたら嬉しい限りです。でも、本当に少ない人数の中、よくやってくれていると思います。その労をねぎらい、今度、回らないお寿司をご馳走したいと考えています。

人間、時が経つと丸くなるといいますが、本当に丸くなったというか、毒針が少なくなったなーと自分で自分の事をそう思っています。これでも伊丹市で一番短気な小児科医師らしいので、他の先生方はどんだけ仏なんかなと尊敬します。

とりあえず、そんな看護師に嫌われた医師人生ですが、これからもNOはNO、変は変、嫌は嫌を通してはいきたいと思う反面、スタッフを全面的に信頼し、揺るぎない安定した小児医療を続けて行きたいと思います。

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