森田塾伝説1

2017.10.10.19:52

書きたいと昔から思ってはいましたが、過激で現代の教育とは真逆なので敢えて書かなかった中学生時代の塾の話をゆっくりと書いていこうと思います。

それだけ今でも記憶に鮮明に残っていて、過激で刺激的な塾でした。その名も神戸の六甲道界隈にあった森田塾です。ご存知でしょうか?ご存知の方は中々のマニアかと思います。たまにネットサーフィンをすると森田塾の話はチラホラ出ますが、全貌は明らかになっていません。この塾は、モリベン、モリコの帝国でした。震災後になくなりましたが、個人的には時代に逆らい、ガンガンとバッシングされるまで続けて欲しい塾でした。

森田塾は高校受験、全員合格を掲げていて、当時は岡本の立志社などと並ぶ全国屈指の進学塾でした。色々な雑誌にも載っていた全国でも名の通った塾でした。

中学受験に破れた僕は半ば、焚きつけられるかの様にこの塾に入りました。そこで見た光景はかなりのバイオレンスさで、今のこのご時世では通用しないものでした。映像があればお見せしたいくらい、今のくだらない教育問題や体罰問題なんて正直、カスみたいで笑ってしまいます。

数学の先生は竹刀を持ち、男女問わず叩きます。その竹刀はかなりのしなり具合でした。

国語の先生は本を丸めて叩きます。はい、残念!と言うと同時にドツき倒します。

物理の先生は殴る蹴るは当たり前でした。だいたいは膝蹴りでした。

塾長はたまに全員を職員室に呼びドツき倒します。

塾のOBにはボコボコにされます。合宿での話、これはまた凄いのでまたの機会に。

こんな事は今ではあり得ないと思いますが、当時は当たり前で、言い方は悪いけど、人の不幸を笑っていましたね。あいつ、やられとるわ、みたいな。同情とか反発なんてあり得なかった。当たり前だけど、今みたいに親からの反発なんて全くなかった。少子化ではなかったから、文句を言えば、塾は辞めていいですよ、でしたから。それ以前に親も親で肝が座っていた。

僕は、塾から帰ると家の電話線を全て抜きました。塾長から電話があるからです。それを知らなかった時、22時過ぎに自宅によく電話がありました。塾長や物理の先生からでした。

小野君のお宅ですか?彼は出来か悪いから、塾を辞めて欲しいのですが。。このままでは合格無理です。

という電話が入塾以来続き、親が謝っていたのを覚えています。全員合格の裏にはこうした生徒切りがあったわけですね。それから僕も知恵がついたのでしょう、帰宅後には家の電話線を全て抜き、朝は誰よりも早く起き、電話線を元に戻しました。辞めたら話は早かったのですが、何故か反発し、3年間を過ごしました。

それが森田塾と僕の始まりです。この塾は、出来が良い生徒には良い塾だったかも知れないけれど、僕の様なアウトサイダーな生徒には、なかなかバイオレンスな塾で、今でもこの時が一番しんどかったです。でも、この経験は後々、意味のあるものになったと僕は思っています。

つづく
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