森田塾伝説5

2017.10.13.19:46

とにかく暗記、暗記、法則、法則、過去問、過去問の連続でした。私立コースなので、とにかく受験テクニックのオンパレードでした。

例えば、慶応の2問目は必ずこれがでるから、これは覚えろ、と2問目の数点のためにアホほどの資料を暗記した記憶があります。それに意味があるとかないとかは全く分からず、ただただ服従するだけでした。


3年生の時、何故かちょっと成績が良く、上位クラスに入るか?みたいな打診がありました。僕や母親は喜びましたが、唯一反対した方がいました。森田塾国語担当の武田先生でした。お前には無理や、無理して上位クラスに入ってもついていけへん。下のクラスの上を目指したらええわ、と。僕はその先生が好きでしたので、先生のアドバイス通り、下位クラスで最後まで過ごしました。

結局、残念ながら、手を抜く事や勉強以外の深夜の買い食いやらスナックで歌う客へのイタズラなどを覚えてしまい、下位クラスでも中の下、鳴かず飛ばずで中学の塾生活は幕を閉じました。

当たり前だけれど、満足の行く結果は得られず、考えてもいなかった山梨の高校に行く事になりました。中学卒業後に実家を離れるのは慶応ならまだしも、交通の便がやたらと悪い山梨県甲府市で、何とも言えない敗北感がありましたね。別に山梨が悪いのではなく、自分の3年間が悪かった。


実家を車で出る際、母親が泣きながら車を見送ってくれました。そこで初めて、悪い事をしたなと自分を責め、後悔しましたね。自然と多くの仕送りが必要、寮の費用なども馬鹿にならなかったはずで、全くの選択ミス、努力不足でしたね。

親の心子知らずとは名言で、こうして暗黒の中学時代から灰色の高校時代を過ごす事になりました。

結局は塾や親のせいではなく、自分がどれだけ頑張るのか、どれだけ本気なのか、拘っているのかだけの話です。基本、あまりやる気がないならば大学受験まではごくごく普通で良いのではと今は思います。

僕が選択したバイオレンスな塾はそれはそれで記憶に残り、少なからず今の自分の一部になっています。でも、普通に中学時代を過ごし、普通に部活をし、普通に友達と遊んでいたら、今はどんな思い出と交流が残っているかなーと漠然と思う事もあります。同窓会なんて今の僕には考えられないけれど、そうした普通の楽しい充実した中学時代を過ごしたなら、今、同窓会で美味しいお酒を飲めたかも知れません。

森田塾という、塾というよりかは体罰原理主義の組織で過ごした3年は死ぬまで忘れない反面、よくよくある中学時代という経験が全くなかった自分は正直、勿体ないなとは今、感じでいます。だから、中学生の子供たちを診察する際、部活も忙しい!と聞くと眩しいですね。

時は流れるだけなので、振り返ってもあまり意味はないのだけれど、僕の中学時代はこんな中学らしからぬ生活でした。

終わり
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