水曜日午後

2017.04.10.19:17

今週の水曜日、明日の午後、何かが起こります。

伊丹市ではもちろん初、小児科としては恐らく世界初だと思っています。

全ては子供たちのために と始めたクリニックですが、一旦の節目、大きなアウトプットを明日以降にお見せ出来る予定です。

まあ、全て自分が楽しいと思っている事を取り入れているだけですが、決定から1年かかりました当院の新しいファンキーでスパイシーな仲間に会いに来て下さいね。

香り

2017.04.10.08:16

タバコを辞めて2年になります。

1日一箱弱でしたので、ヘビースモーカーではありませんでしたが、まあまあ吸っていた方だと思います。

病院勤務を辞めたのが良いきっかけだった様で、ニコチンガムを一カ月使用し辞める事が出来ました。キャスターと言うタバコで始まり、キャスターで終わりました。

性格上、再び吸う事はないけれど、たまに吸っている自分が夢に出て来ます。2年経っても完全には抜けないんだなと思っていますね。タバコでさえこんな感じ、違法薬物は想像を絶する依存性と離脱症状があるんだろうなと恐ろしく思います。

さすがに2年も経つと喫煙室やホテルの喫煙ルームは臭くてしんどいけれど、タバコの煙は臭くはなく、逆に良い香りだなと感じます。きっとタバコの煙の香りをこんな風に感じるのは死ぬまで変わらないと思っています。

実はタバコを辞めてから、お酒の量が増えており、次はお酒との付き合い方を考えようと今更ながら思っています。

今日から減量しよう!断酒はしないけれど。

小児科へ、そして今

2017.04.07.23:23

私を小児科の世界へ導いてくれたのは垂水で開業されている鄭先生でした。もちろん、最初に選択したのは自分自身だけれど。

先の浜重先生とは全く違うタイプの先生でしたが、どうも熱血な感じや情熱は似たような印象があります。
フラットな物腰とは裏腹に目はあまり笑っていなくて、子供の治療法に関しての議論では時に熱く感情的になる先生でした。

部下の事も見ていない様で色々時に気にかけてくれて、部下が言おう、相談しようとする内容を先々に察する先生でした。私が鄭先生の元で働いたのは短い間で、もっと色々と教わりたかった。それは小児科学という学問だけではない、子供達とその親御さんとの付き合い方という人間対人間の仕事の仕方、関係の作り方です。小児科ではとても大切な事だと今も思っています。

私自身、体を壊し、半ば当時の病院長の権限で辞めさせられました。もし、健康体でいたなら、きっと病院での心臓病の子供達相手の勤めがもっと長く、開業はまだまだ先だったのかななんて漠然と思ったりします。

体調を崩し、三田市の病院に拾って頂き、10年以上が経過、色々と言えない事も多々あり退職し今に至ります。
開業を漠然と考えていた時、ふらっと鄭先生のクリニックに寄りました。すると、なー先生よ、開業するんか?開業するならはよしろや、が開口一番で、鳥肌が立ったのを覚えています。何かを察しておられたのでしょうね。

また、開業してしばらくしたある日、垂水からわざわざお祝いを持って伊丹までお越し下さいました。数分クリニック内を見ただけで、またなーと去って行き、今まで連絡は一切ありません。

放任主義な上司だったのか管理型だったのか、今でも分かりませんが、私の小児科医としての初めての上司で本当に良かったと思います。

その後も多くの上司に恵まれましたが、ある意味、小児科医師として優秀で博識がある素晴らしい先生ばかりで、鄭先生の様な小児科医師だけどアジと癖のある先生は一人もいなかったなと懐かしく思い出します。

それが良いか悪いかは別として、私がこうして小児科クリニックを立ち上げる事が出来、その運営の根幹に鄭先生の存在があることは間違いないと感じています。
これまた高知同様、足元にも及ばないけれど、恥じない程度に頑張りたいと思います。

師匠

2017.04.07.22:04

私には勝手に師匠と思っている医師が数人いて、結局、彼らの真似から私は作られているのだと思います。

中でも、まだ今みたいな研修医制度がなく、普通は卒業後はどこかの大学の医局に入るのが当たり前だった時代に、高知県のバリバリの救急病院の内科に私は就職させて頂きました。

ある先生が間に入って下さり、お会いにしたのが今でも高知県で他を突き放す勢いの近森病院内科部長 浜重先生でした。

高知の繁華街二階の日本料理屋さんで初めてお会いし、間髪入れずに採用して頂きました。気に入って頂けたのか、人手不足だったのか知りませんが嬉しかった。

数年間、お世話になり、色々な経験をさせて頂きましたが、大学から教授命令で派遣された同期との扱いの差に戸惑った事もありました。

でも、自分の選択には間違いはなく、本当に色々な経験をさせてもらったし、お前!とか小野!と言われたのはこの期間だけだったなと懐かしく思います。

私は当たり前だけど、この高知の病院には大した貢献は出来なかったけれど、本当に上司に報われたなと定期的に思い出します。

三田市の病院で働いていた際に浜重副院長から電話がありました。なんだか自分を見失い、ダラダラ過ごしていた時期でしたが、電話中は正座していたのを最近の様に思い出します。

恥じない様、馬鹿にされないよう、出来る事は全力でパッションとシンパシーで頑張りたいと思います。小野のくせに偉そうにーと笑われるはずですが。

そんな大切な経験があり、今があります。もちろん、内科でしたので、今の小児科の仕事へ導いてくれた恩師は別に居て、またそれは今度書きます。

風に立つライオン

2017.04.07.11:44

風に立つライオン

医師を漠然と意識した頃に出会った曲です。今の私の医者生活とはだいぶ違う物ではありますが、風に立つライオンでありたいというフレーズは自分にしっくり来ていて、これからもそうありたいと考えています。
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